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「いまだ成らず」を読んだ
「いまだ成らず 羽生善治の譜」を読んだ。
棋士界の動向をまったく知らない自分でも羽生さんは知っており、子供の頃からなんとなく好きだった。数年前に読んだ「大局観」には千手先を読むことから直感的に次の一手がみえるようになった思考の変化について触れられていて、経験を積んでいくといずれロジックを飛ばして最良手に辿り着くことがあるのは面白い感覚だと思った。羽生さんの何千分のイチのスケールだがこの感覚は自分の仕事でも感じるときがあり、Webサービスの仕様を検討する際にロジックをあまり考えずともすぐ決められるときがある。そしてそう判断できる理由を考えていくとこれまでの意思決定であったり、経験してきたことが礎になっていることが分かり、大局観だなぁと本を思い返したりしている。
本書はそんな羽生さんについて書かれた一冊。羽生さんといえば最強というイメージがあったが最近は勝率も落ち負けているらしく、A級から落ちてB級になったりもしているらしい。かつての最強がまた挑戦者へ。AIが登場し研究の方法がまるで変わったりもする。それでも羽生さんは心を曲げず、好奇心をもって探究していく。
本の構成で面白いのが、ドキュメンタリーなのに羽生さん本人には一言も話を聞いていないこと。本人ではなく周りのプロ棋士の生涯を描き、そこに羽生さんが登場していくことで外堀から羽生善治像が描かれていく。羽生さんの背中をみながら苦しんだり、タイトル戦で挑むも自分のペースを崩して負けたり、はじめての一勝を手にしたり。存在感というか、羽生さんが強く純粋であるゆえに誰もそこを無視して通り過ぎることはできず、向き合い続けさせられる。こういう構造のドキュメンタリーは初めて読んだがめちゃ面白く、2日くらいで一気に読み進めた(どの章もパンチラインだらけ)。
印象に残っているところを二つ。かつてのプロ棋士は特定の政治家と仲良くなったりするのが当然だったが、羽生さんはそういったものに関せずより良い一手を追求し、それが将棋のゲームとしての面白さを世間に伝え、将棋が広まっていったこと。伝統や精神性ではなく合理的に考えるのはゲームの参加者を増やすことにもつながる。会社のよくわからない捻れた構造は末端メンバーの思考停止につながることが多いと感じていたが、その理由が言語化された気がした。
もう一つは、勝ち続けているときでも違う戦法を取り入れる、負けても微笑みながら感想戦に挑むなど、好奇心と探究を忘れないこと。誰かとの勝負だと思うと負けは良くないことだが、より良い一手を追求する道だと思うと勝ちも負けもその材料になる。最近「習慣化を意識すると自分との勝負になるので、人との比較から卒業できる」みたいな一文をなにかで読んだが、それと重なる部分があるように感じた。
最後に、羽生さんが藤井くんとのタイトル戦前に語った一言。
「一局の将棋は後悔だらけですが、後悔の多い人生こそ充実している。甲乙付けがたい局面、難しい状況にたくさん出会っているということですから。」
こう言える・思える人間でありたいものです。