Feedback Loop
自分のことを書く
人のプライベートにズカズカ土足で踏み込んではいけない。人によって繊細な部分は違い、何気ない一言が相手を傷つけてしまうこともある。プライベートに触れずに仕事や趣味など共通の取り組みについて話してるだけでも十分楽しい。でも、自分の弱い部分を聞いてもらうにはやはり深い関係が必要。そのためにまずは自分から発信する、というのはどうだろうか。
この日記に自分のことを書き、Podcastでも自分のことを話す。大炎上時代に危険なタネを蒔いている感覚もなくはないが、それよりも自分について話しておくのが大事な気もする。気遣いができる人ほど相手にどこまでの話を聞いていいか慎重になっている。自分が仲良くなりたいのは往々にしてそういう人なので、自分のことを開示しておくと会話が進めやすくなる。
世間は1億総ツッコミ社会で、一人のボケ(目立った事象)について全員でツッコミを入れるような構図が多い。お笑い文化の浸透も相まって道から外れたことをするとすぐにツッコまれる。ツッコミ側は常識や正論を言っておけばよいので楽でノーリスクだが、自分が憧れるのはボケる側の人。何かを作ったり発信したり、自分が好きなことを見つけてそれに取り組む姿をみるとうれしくなる。お金持ちには憧れないが、良い年の取り方をしている人には憧れる。
文字での発信というと、長い文章を書くのが面白い。X(旧Twitter)は短文で投稿できて気軽だが、短い文章に要約できすぎてどこに真実があるか分からなくなる。キャッチーなフレーズや鋭い視点だけを書き込むのは映画の予告だけを見続けるみたいなもの。それっぽく誤魔化すのではなく、要約すると削ぎ落ちる部分をつないで文章にすることが最近は心地よい。
若者に説教する人間には絶対なりたくないと思っているが、自分のことを話すのが好きなのもまた真実。アメリカの100ドル札に描かれているベンジャミン・フランクリンは「伝えたいことがあるなら文章に書くくらいがちょうど良い。興味がある人だけが読むなら相手の時間を無用に拘束することもない」という旨のことを言っている。完全同意。自分のことは話したい、しかし飲み会の場で支配的に話したくない自分にとって文章は望ましい。