コードベースが荒れ果てた

2025/11/05

プログラミングは建築のようで、最初に基盤をちゃんと作っておくとその後の仕様変更や機能追加がとても楽。逆に最初をサボると茨の道を進み続けることになる。ちょっとしたツールをAIに任せて作ってたらコードベースが荒れ果ててしまったので反省として書いておきます。

最近はAIに並列で仕事を渡すのが流行っている。個人的には複数の仕事が一気に進むと頭が忙しくなるので好きじゃないが、よく考えると普段の仕事もチームの人数分のタスクが並列で進んでいるので同じかもしれない。マネージャー的なポジションの仕事を確認する人が忙しくなる。

「ピザ2枚を分け合える人数で仕事する」という言葉があるように、8-10人のチームが生産性としては一番高い。しかしこれは従来の話。今後AIマネージャーのようなツールが登場して1人で50つのAIを操作するような世界になるだろう。

今日は久しぶりにニッチなところで問題に行き詰まり、自分の頭で問題を切り分けたり、ググって出てきた解決策を試してみたりとよく手を動かした。こういう時間も本来は面白い。AIに全振りしてると行き詰まり=時間のロスとなってしまう。まぁこれは技術の勉強が好きという感覚だからかな。希望のものをサッと作ることが目的ならAIに全振りがもちろん合理的。


「年収300万円で心の大富豪」を読んだ

2025/11/04

年収300万円で心の大富豪」を読んだ。著者は最近ファイナンシャルプランナー1級を取ったサバンナ八木さん。若手芸人の頃に年収300万でも幸せで、そのヒントとなる考えを紹介していく本。昨日図書館で借りた本はこれです。八木さんは「よしもと営業-1グランプリ」というYouTubeで公開されている番組が面白くて最近ハマっており、その流れで読んだ。人と比べず基準を低く。ジャージ姿でエレベーター乗りづらくなるからタワマンは不要です、とかそういう八木さんのマインドが書かれている。

オードリーの若林さんも春日さんのことを「貧乏な頃から幸せだった」と以前語っていた。若林さんは売れて良いところに住んだり美味しいものを食べたりしても満たされないものがあって、一方春日さんは家賃3万9千円の風呂無しアパートに住んでいるときからずっと幸せそうに毎日過ごしてる。この話はなんだか記憶に残っていてたまに思い返す。

本の中で「勉強はお金のかからない趣味」というフレーズがあった。これはほんとにその通りだと思う。八木さんはFPの本を買って1年間楽しめたと。それに飽きた頃には資格が取れていて、こんなにお得なものはないと書かれていた。プログラミングも無限に遊べる趣味で、最初にパソコンを変えれば後は手を変え品を変えいろんな勉強ができる。うまくいくとお金を稼げることもあるのですごい。絵でも文章でも消費するより自分でそれを作る方が長い時間遊べますね。


ラーメン屋に行った

2025/11/03

「他人と比較しない」は正論だけど簡単じゃないですね。活躍してる人を見たら眩しくて自分が小さく思えてしまいます。他人じゃなくて去年の自分と比べる方がまだ健康的ですが、最近読んでる本ではそれも成長至上主義でよろしくないことだと書かれていたり。まぁみんな各々の世界から見えることを言ってるだけなので、自分の世界でのバランスを探すしかないのかな、と。ノートに頭の中を書いてたら人と話すことが大事という結論になりました。

今日は昼過ぎに家を出て目当てのラーメン屋に。ラーメンを外食で食べるのは1年ぶりくらいかもしれない。天気は良かったけど寒くて冬用のコートを出した。徒歩と電車で30分くらいかけて移動。最近はあまり運動してないので食事の量も控えめにすることが多いけど、久しぶりにたくさん頼んで腹一杯食べた。ラーメンにチャーハンに餃子。年を重ねるにつれて食が細くなるものだと思ってたけど、最近ちょっと年下くらいのYouTuberが旅する動画を見てたら普通に丼ぶりを3杯とか食べていて、ただ活動量が少ないだけかもしれないなと思った。

帰り道、以前予約していた本が準備できたとの連絡があったので図書館に寄る。書架をふらふらと歩いて回ってみたけど読みたい本がそこまでなく、そういう時期なんだなと思う。そういえば読書アプリで月ごとに読んだ本の数を振り返れるんだけど、毎年5, 6月は読書量が少ない傾向があって面白かった。自分ではそんな気はしてなかったけど何かあるのかな。最近は年終わりにnoteで読書振り返り記事を書いていて、それで1年の長さを実感することも多い。今年も書きたい。


辛い経験を書くのはセラピーになる

2025/11/02

朝ゆっくりと起床。最近はなんとなく体が重くてダラダラ過ごしている。藤本タツキ先生のチェンソーマン以外の作品を読み漁る。魅力的なキャラとワクワクするシーンを描くのが上手いなという印象。物語がだれてきたら急展開して飽きる前に場面が転換する。チェンソーマンにイマイチハマりきれないのは滑らかにつながるストーリーが好きだからかな。短編集の合間にその作品についての作者のひとことコメントがあり、それが味があってよかった。

お昼を食べて届いていた収納ボックスを組み立て。説明書通りにやって15分くらいで完成。こういう絶対にミスらない工作みたいなのは好きだ。DIYまで行くと失敗する可能性が出てきてしんどい。ガンプラとかやってみたらハマるかもしれない。でもガンダムはそこまで好きじゃなく、部屋にモノが増えるのも好きじゃないので手は出せない。

以前組み立てた本棚はとても活躍していて、出来栄えも大満足。2時間くらいかかったが見た目も機能性もいい感じである。生活してて本がチラッと目に入るのは良いものです。

夕方、今週のラップスタアを見る。見終わった後に「やっぱ面白いな…」と唸る。今週でHOOD STAGEが終わったが、自分が一番良いなと思ったラッパーは次に進めなかった。番組を4年くらい見ててもセンスが養われてない。

番組の中でR-指定が「辛い経験を歌詞にすることは、しんどいけど自分のセラピーになる」的なコメントをしていて、彼はよくこの表現をするのだが、これは日記と同じような効用だと思う。でも日記は自分だけ読むように書き殴ったりするが、曲は外向けに公開されるのでさらに一段階強い自己開示になっている。HIPHOPは自分のことを歌う。綺麗事じゃない等身大の言葉だから刺さる。


「未来から逆算する生き方」を読んだ

2025/11/01

未来から逆算する生き方」を読んだ。

様々な実験により、「未来の自分」は現在の自分からすると他人のように感じていることが分かっている。例えばダイエット中でもおやつを食べてしまう。これはお腹が出てるのが自分ではなく「未来の自分」だから。

また、未来に想いを馳せるとき、今の自分の延長線として考えることしかできない。情動的なときに考えると未来も情動的だと思う。情動的でない時に未来を考えるとこの先も同じ状態がずっと続くと思う。実際は感情が起伏するので予測とは異なる。

私たちは未来の長さを正確に測ることもできない。感じ方をテストしたところ、1年は3ヵ月の約1.2倍の長さと認識していたという。さらに3年後というのは、1年後とほぼ同じ長さだと感じていた。つまり今から離れるほど時間は圧縮される。10年後の自分を考えてみたり、仕事で5年先の業績予測を考えたりするが、それは本当はとても難しいことである。

他人に親切にするように未来の自分も慮れるとよい。自分でいうと健康診断を毎年ちゃんと受けること(胃カメラが嫌です)、歯医者に定期的に通うことかな。仕事やプライベートが忙しいとか色々都合をつけたりはするけど、実際はいまの負債を未来に先送りしてるに過ぎない。未来のために今を犠牲にする必要もないけど、やるべきことを先延ばしにするのは未来の自分に失礼でもある。