古いスマホを父にあげた
今年はiPhoneを新調したので旧モデルを父に譲る。下から上の世代に物を渡すことを「おあがり」と呼ぶらしい。喜んでもらえてうれしいが、合わせて買ったスマホケースのサイズを間違えていて入らなかった。こういう凡ミスには気をつけてるつもりだがゼロにはできないな。
最近はいろいろとアイデアを考えている。探したいのは「あ、それいいね」と誰でも分かるシンプルなアイデア。捻ったコンセプトは一見カッコよく見えるが、実際はユーザーの理解のハードルが高くなってしまって流行らないことが多い。クールじゃなくて良い、ベタで良い。ただあまりにベタだと競合が多過ぎて埋もれてしまうので、ちょうど良くズラすことが知恵をつかう場所になる。
Panasonicの髭剃り「ラムダッシュ パームイン」を買った。以前使っていたBRAUNのもののボタン部分が外れてしまったので。調べてみたらみんなこの現象が起きており、リコール対象ではないかとコメントされていた。パームインは手の平の上に乗る小型の髭剃りで、イヤホンケースのような丸い形をしているのが特徴。使ってみたが見た目はかわいくて剃り心地も良くて満足。出張の機会は減ったのでどうかと思っていたが、普段使いでも十分重宝できそうだ。
仕事終わりに図書館に行って本をドカ読みする。最近は頭の中が整理されてきてまた本が読めるようになってきた。独立系の本屋に行ったのが大きかったかな。選書された本棚から気になる本を選ぶ過程で自分の今の興味が明確化された。移動の時間も増えそうだし、ここから個人的な読書の秋が始まる。
「はじめの一歩を踏み出そう―成功する人たちの起業術」を読んだ
「はじめの一歩を踏み出そう―成功する人たちの起業術」を読んだ。アメリカでは起業した会社の8割は5年後に姿を消しており、それは共通したとある誤りから来ている。本書では著者のこれまでのコンサルティング経験をベースに、事業がどういう形を目指すべきかを提案する。
いきなり結論だが、事業にとって良い状態とは経営者が「起業家」「マネージャー」「職人」の3つをバランスよく発揮できていることである。起業家の要素がないと夢や志を描けない。マネージャーがないと他人に依存したビジネスになる。職人がないと実践が前に進まない。どのピースが欠けても歯車は狂ってしまう。
自分はエンジニアの歴が長いので、この中だと「職人」の気質が一番近いと思う。職人は自分のスキルを発揮して良いものを作れることに喜びを感じる。しかしその視点は常に下から上を見上げる形で、「作ってから考えよう」となって方向性を誤りがちになる。
これにはかなり身に覚えがある。新しいサービスを作ろうとアイデアを考えるとき、市場のリサーチや競合調査などは面倒ですぐに作り始めたくなってしまう。この機能があれば良さそうとか、こういうインタフェースだと使いやすいだろうなとか、具体的なことを考えるのはとても楽しい。それに比べるとリサーチは抽象的で、どこまでいっても明確なことは言えないのでまず作って試した方がいいでしょうと思ってしまう。
しかし実際に作り出すとものづくりは大変で時間がかかる。作りはじめて2ヵ月くらい経つとこのまま進んで良いのか不安になる。不安を感じながらでは実行力が半減してしまうので、最初に方向性やこのサービスで実現したいことを考え抜いておくことは結局スピードの面でも有効なのである。このあたりはサボらず気をつけたい。
サボるでいうと「マネージャー」の部分。人に仕事を依頼するとき、「細かいことは言わないので好きにお願いします」と仕事をパスすることがある。本書によるとこれは一見委譲してるように見えて「丸投げ」の行為に当たる。丸投げは一見信頼に見えるが、実際は細かい役割分担をサボっているに過ぎない。大事な業務を依頼するとき、それが相手のスキルや熱量次第で左右されるのはリスクが大きすぎる。時間を使って業務をコントロールする意識が大事になる。
起業家にとってユーザーは宝の地図になる。ユーザーから新しい要望が届くとそれはチャンスに映る。一方で職人にとってはユーザーは厄介者に見える。それは自分たちの作るものを欲しがらない存在に見えてしまうからだ。「自分が好きなもの作れたらいいや」だと後者のマインドになる。市場で評価されたいものを作るなら、視点を180度変えて挑む必要がある。
ホームランを狙うと空振りしやすくなる
「常識の1ミリ先を考える」を読んだ。ベストセラーをいくつも手がけた編集者の方の本で、ヒットする企画はどういうものかを15の章に分けて語る。キーワードは「盗んでズラす」。0から生み出すのではなく売れてるものの切り口を変えるのは「コピーキャット」のアイデアの作り方を想起させる。
ヒット作を振り返ってみると、ホームラン狙いのものは失敗しやすいことが分かったという。10万部を狙うぞ、と意気込んだ企画は失敗しやすい。これはホームラインを打つことに意識が行き過ぎて目の前のボール(読者)から目を離してしまうことが原因。著者は読者をひとつ広げてクラスタと呼ぶが、この対象となるクラスタを理解し、その人たちの世界観を分かった上でスイングすると打率があがりやすい。
Webサービスでも同じで、世の中を変えるサービスを作る!と始めてしまうと行き詰まりやすい。規模が大き過ぎてイメージしづらいし、自分の考えたアイデアが世界的に流行るかどうかは企画段階ではわからない。InstagramやAirbnbなどの世界的ヒットサービスも最初は小さく始まっている。その界隈の人に火がつき、少しずつ形を変えながら世界に広がっていった。世界を変えるのは結果であって目的ではない。
N1マーケティングでおなじみの西口さんも著書「ブランディングの誤解」の中でマスとニッチの違いについて、課題を解決する商品を作り、その対象者が多ければマスに、少なければニッチになるだけだと書いている。ある村の人だけが使うニッチなアプリを作ったとして、それを周りの市区町村が真似して広がれば徐々にマスに近づく。ある程度市場を見る目は必要として、ニッチになるかマスになるかは結果に委ねられる部分がある。まずは身近な1人、身近なクラスタが欲しがるものを作るところから始めたい。
いま自分に必要なこと
地域だけに発行されるコミュニティ新聞の一角にクロスワードコーナーがあり遊ぶ。次回以降の問題文を募集してたので気まぐれに作り始めるが、意外と難しくて1時間くらいかかる。時間の使い方、これじゃない気がする。
久しぶりに本屋に行き本を5冊購入。本を買おうとすると自分の今の興味関心が炙り出される。今のテーマは健康、ケアと資本主義、日記、熱量を持つことかな。朝起きたときに今日はこれをやる!という気合いがあまりない。そのせいか寝起きも悪くなっている。寒いから布団から出にくいだけかもしれないが。
自分の内面と向き合うことは健康的だが、それは外部をシャットアウトすることとは違う。世の中に受け入れられるものを作るには外へのアンテナも張ってないといけない。なんとなく今自分に必要なのはいろんな人とリアルで会って話すことな気がする。
ヒカルの碁を読み返した
「ヒカルの碁」を一気読みした。京都で原画展をやってるらしく、それとの連動キャンペーンで10巻まで無料。ヒカルの碁は学生時代に大好きだった漫画で、影響されて碁盤を買って囲碁を兄と一緒に勉強したりもした。囲碁というルールも知らない世界でこんなに面白く読めるのかと、幼心ながら衝撃を受けたマンガ。
大人になって読み返してもやはり名作で、序盤・中盤・終盤すべてが面白い。大枠の流れは覚えているものの、ネット碁打つシーンあったなぁとか、和谷ってキャラクターいたなぁとか、読んでいて記憶が徐々に蘇ってきて面白い。小畑先生はこの後デスノートでさらに有名になるが、個人的にはヒカルの碁の方が好きかな(題材の渋さもあり)。
作中では登場人物たちが「神の一手」を追求すべく切磋琢磨する。こういう切り口だと現代では必ずAIが登場すると思うが、当時はまだ存在してなかったのも時代を表すアーカイブとして良い。調べてみると囲碁ではプロがAI相手にハンデをもらってようやく同等の勝負ができるらしい。今同じような作品を書いたらAIの活用とか、AI時代に碁を打つ意味とかの物語が追加されるだろう。
登場人物のひとりに伊角さんがいて、彼は囲碁は強いがメンタルに不安定な部分があり、盤面外の出来事が原因で調子を崩してしまっていた。そんな彼が中国に出稽古に行っていたときにかけられた言葉が「感情のコントロールは習得できる技術」というもの。子供の頃はカッコいいなくらいに思ってたけど、大人の今読むと沁みますね。仕事のスキルやモチベーションがあっても、人間関係や周りの状況が気になってパフォーマンスが発揮できないことはある。人によっては顔色を気にし過ぎてしまう人もいる。生まれつきのものもあるけど、それは後からでも習得できるスキルだと思うと気が楽になります。