言葉のエネルギー保存の法則
人に話しかけた言葉は同じ重さで返ってくる。これを言葉のエネルギー保存の法則と呼んでいる。例えば仕事でSlackに長文を書くと長文が返ってくる。優しい口調で書くと優しく返ってくるし、手厳しいコメントにはこちらも応戦してトゲトゲした文章を返してしまう。
エネルギーがちぐはぐだと違和感を感じる。例えばちょっとした質問を一行で書いたのに20行くらいの長文で返されると萎える。一生懸命考えた仕事の提案にSlackのリアクションの絵文字ひとつだけつけられて終わると肩透かしを喰らう。何かを人にするとき、同じ熱量でのアンサーを期待する。
熱量だけではなくフォーマットも保存される。固い文には固い文が、カジュアルにはカジュアルで応答される。最初にどういう話し方をするかで会話の進め方がある程度決まる。私は肩肘張らずに話せる方が好み。言い回しの丁寧さとかの余計な装飾は最低限にした方が、話題そのものに集中して話せる気がする。なのでできればフランクに話したい。ただフランクすぎると失礼になったり、くだけすぎて場にそぐわない雰囲気になるとそこに強い違和感が生まれてそもそも話を聞いてもらえない。気楽にいきたいが守るべき規範はある。言語化されていないラインを探りながら調整していく。
新卒の頃、1000人くらいが入室しているチャンネルでとあるベテラン社員がタメ口でメッセージを投稿していた。それは誰かの疑問に対して議論のコメントを投稿したものだったと記憶しているが、その光景に強烈な違和感を覚えた。自分なら1000人近い知らない人間がいるなかでそんなにフランクには発言できない。その人がなぜそう振る舞えるかというと、昔から会社にいて知り合いが多いことと、会社での立場的にも上のポジションにあることの影響が大きい。そう思うと勤続年数や権威があると下には強く当たって良いと示されてるようで嫌だった。敬語をちゃんと使おうという話ではない。日本語を第二言語として勉強した人が、敬語のない表現を書いていても気にならない。大事なのは敬語の完全さではなく、相手にリスペクトがあるかどうか。自分が正しいことを前提に置いて相手を嗜めるようなコミュニケーションは好きではない。人は間違えることを前提にしつつ、自分の今時点の意見を明確にしつつも相手の話をよく聞き、お互い理解を深めながら折り合いをつけられるようになっていきたい。
行き詰まったらノートとペンだけ持ってカフェに行く
個人開発は平日の仕事終わりや週末の趣味の時間でやっている。短い時間で何かを作ろうとするとアウトプットを焦りがちだが、実際はすぐ完成させようとせず骨太に考えていく方が結局早い。
例えば日記アプリReliefで、iPadで手書きで日記を書ける機能を追加した。この手書きのデータを、他のiPhoneやiPadで見るときにどう表示するかを考える必要があった。日記を書くときは縦横の画面目一杯にキャンバスが表示され、そこに文字や図形を自由に書き込める。でも他のiPadでは画面のサイズやアスペクト比が違うし、iPhoneならもっと違う。どう表示するのがスマートか?結論としては、表示デバイスの画面サイズに合わせて手書きデータを拡大・縮小することに落ち着いた。
拡大・縮小するときに必要なのは倍率の計算で、キャンバスが縦長なのか横長なのか、縦方向に余白があるのか横にあるのか、少し数学的に考える必要がある。開発当初はソースコードの実装を変更しながら、色々値を入れ替えて試行錯誤していた。しかし2時間くらいかけても上手くつくれない。画面の拡縮のパターンを網羅できていなかったり、比率の計算式が間違えてたりしてよくわからなくなる。こういう時、あと少しでできそう!となってから意外に時間がかかる。色々試しているうちに今何が問題なのかわからなくなり袋小路に迷い込む。もう少しでできそうなのに上手くいかなくてイライラする。そうすると余裕がなくなるのでさらに時間がかかる。
こんな時はパソコンを閉じ、ノートとペンだけ持ってカフェに行く。パソコンがない環境で、紙にいろんなパターンを書き出したり、iPadとiPhoneの画面サイズを書いてみて比率を算出する数式をつくったりする。パソコンがないのですぐには試せない。だから紙の上で手を動かしていろいろシミュレーションするしかない。
そうしていると、めちゃめちゃ種類があると思っていた計算が、実は3パターンくらいに集約できることに気づく。計算式もシンプル。いろんな例外的なパターンを試してみても、その式でうまく表現できそうに思う。こうなると早く試してみたくなり、飲み物を飲み干して帰宅する。パソコンに向かい、ノートを見ながらロジックを実装する。ちゃんと期待どおりに動く。脳汁が出る。2時間以上手を動かして解決できなかった問題が、カフェでの20分で解ける。しかも行き当たりばったりではなくロジックも完全に理解した状態で。こういうことは経験的にもよくあり、狭くなりすぎた視野をいったんリセットする重要性を感じる。カフェに行くまでに軽く体を動かすのも良い切り替えになっているのかもしれない。心に余裕が戻れば、本質的な思考を取り戻せる。
何か良いサービスや機能を思いついたとき、早く試したくなる。世に出して反応を見たい。便利な機能を早く使ってもらいたくなる。でも実装がうまくいかなくて焦っている時は、一度立ち止まり違う視点で考えた方が結局うまくいく。マーク・ザッカーバーグの格言に「完璧を求めるよりまず終わらせよ」というのがある。完璧にこだわって何も出せないのは本末転倒ではあるが、理解しにいった方が結局早いこともあるというのは忘れないようにしたい。
手書きで日記を書く
このFeedback Loopとは別に、人に見せない日記を書いている。自分の心を落ち着かせるために書いているもの。日常を生きてて嬉しいとかムカつくとか心が動いた瞬間を短文でメモしておき、夜か朝にそれを見返しながらザーっと書き出す。このやり方は2, 3年続いていて、しっくりきている。「ずっとやりたかったことを、やりなさい」で紹介されるモーニングページという手法と、昔NHKの特番で見た植本一子さんの日記の書き方に影響を受けている。
日記帳は作らず、そこらへんのノートとか紙とかに書く。iPhoneのメモアプリに書くときもあれば、iPadのノートアプリにApple Pencilで書くときもある。なので過去の日記がどこにあるか自分でもわからない。昔のノートを見返したとき、仕事のメモの合間に急に日記が出てきたりする。読み返してみると意外と面白かったりするので、日記を一箇所に集めたいモチベーションが湧いてきた。
そこで作ったのが日記アプリ「Relief」で、心が動いた瞬間を短文で記録する機能と、それを見ながら長文の日記を書く機能を搭載している。iPhoneで書いてもiPadで書いても同期されるようになっていて集約できる(Apple IDを使って繋げている)。ただ、これまでのReliefはキーボードで書く必要があり個人的にテンションが上がりきらない部分があった。
日記を書くには手書きが良いと思っている。これは上記のモーニングページでもそれは言及されている。その時のコンディションや精神状態は文字の形にも現れる。それがわかる手書きの方が自分の内面を書き出すには適しているとのこと。これは納得だし、あとはやっぱり手書きの方が人間にとってより慣れ親しんだ手段というのがある。キーボードで書くと漢字の変換を選ぶとか、入力を確定するときとかに余計な雑念が発生する。脳内を書き出しているときはこういう雑音はできるだけ排除したい。手書きで自分の思うまま、時には枠をはみ出すなどして自由に書きたい。
そこで、Reliefに手書きモードの機能を追加した。手書きモードではApple Pencilを使って手書きで日記を書ける。iPad限定。日記を書く時にキーボードが手書きかを選べて、同じ場所に保存される。これは自分が求めていた体験。時間があるときは手書きしたいが、出先や電車内で書くときはiPhoneのキーボードが手軽。好きな方法を選べて保存場所は同じ。自分の欲しいものが作れた感覚がある。
ちなみにこの機能追加、なかなか大変だった。Apple Pencilでの描画自体もそうだが、ペンの太さはどれくらいが良いか、画面が回転して手書きノートの方向が変わったときにどうなるか、ノートの背景はどうするか(ドット・グリッド・無地から選べるので落ち着いた)、iPadで書いた手書きの日記をiPhoneで表示する際はどう見せるのが自然かなど。色々考えてチューニングしていく。一部、諦めた機能もある。手書きを文字認識してデジタルのテキストに文字起こしし、それを検索できるようにしたかったが途中で断念した。技術的にはできたのだが、文字認識の精度やどのタイミングで文字認識を実行するかなど、納得いくラインを達しなかった。まぁ元々脳内を書き出すことが大事で、振り返りには重きを置いていない。後から追加できることもできる機能だし、と割り切って今回のリリースからは見送った。
細かいバグを潰してリリース。本当はApp Storeに掲載されるスクショでも手書きモードの存在を紹介したかったが、もうモチベーションが枯渇しかけてたのでそのままリリースした。Webサービスはスクショとか利用規約とか、メインの機能ではない付随するコンテンツの準備が大変だったりしますね。まだまだ追加したい機能もあるので、それもReliefの手書き機能で書き出してみます。
「時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。」を読んだ
「時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。」を読んだ。
著者である和田靜香さんは50代単身フリーランス。お金や住まい、ジェンダー、税金などの日常の不安や悩みを直接国会議員にぶつけ、その問答をまとめた一冊。
今年で36歳になるが、この歳まで政治にどう関われば良いのか学ぶ機会はなかった。学校の授業で三権分立とか衆議院と参議院とかは学ぶけど、それは知識としてであって、自分の生活から直接つながるものではない。選挙は毎回行ってるけど、自分の一票が何かに反映されたと感じたこともない。ニュースを追っても派閥とか政局とかの話が多くてそこじゃないと思ってしまう。保護犬とか同性婚とかエネルギーとか、興味があるトピックはあるがどうアプローチしてよいかわからない。それが本を読む前のスタート地点。
さて、まずは冒頭のパンチラインから。
日本には有権者が1億人。自分はその1億分の1だと。しょせん、それっぽっちだと。でも、ゼロじゃないよ、と。そこから出発すれば、あきらめずに済むんです。自分自身の有権者としての力を過大評価しても挫折するし、過小評価しても敗北につながる。等身大で評価しないといけない。
あぁ、めっちゃ過大評価して挫折したり、過小評価して敗北していたわ。すでに面白い。そして本編に入ってからも、和田さんの生活に根付いたリアルな悩みをひとつひとつ打ち返していく国会議員の小川さん。小川さんの言葉はどれもストレートに頭に入ってくる。これまで自分が抱いていた政治家像と何が違うかというと、話をよく聞き、状況を言語化でき、難しいで終わらせずに自分なりにこうすべきという提案をしっかり持っている。提案はあるんだけど、話しながら折り合いをつけていく柔軟さもある。デキる人の仕事、という感じだ。
人口問題や生活保障など、政治の話はどれも複雑に絡み合って簡単に解決できるものはない。唯一の正解というのもない。「一緒に悩んで、たったひとつの正解じゃない解にリスクを背負って、決断して、歩みを始めよう」と国会議員の小川さんは言う。正解がない状況で前に進む難しさは会社でプロダクトマネージャーをやっている自分も少しはわかる。政治家と国民がひとつのチームだとして、一緒にリスクをとりながら前に進んでいくのを実現するには、開かれた議論と決断するリーダーシップが足りない気がする。しかしこういう社会を作り上げたのも私たちだと小川さんは言う。私たちで作ったものだから、私たちで変えていけないはずがないと言う。それはそうかもしれない。
この本が面白いのはかなり難しい税や社会保障の議論に、和田さんが勉強しながら喰らい付いていくところ。和田さんはいわば自分と同じ立場で、政治の知識はないけど生活の悩みはある。小川さんとラリーしながら自分はなぜそれで悩んでいたのか、紐解かれていく様子はおもしろい。自分がエンジニアの仕事をするときでもマーク・ザッカーバーグとか三木谷さんとかじゃなくて、身近な人の活躍の方が参考になったりする。政治のプロではない著者だからこそ影響を与えられる構図で、心にスッと入ってくるように感じた。
さて、小川さんを取り上げたドキュメンタリー映画「なぜ君は総理大臣になれないのか」、そして続編「香川一区」を観た。映画のなかでも政策について的確に受け答えし、しかも人と接するときは柔らかさのある小川さん。観た人をファンにする魅力があるが、それでも選挙で負ける。政治家としての苦悩や、家族との関係性も描かれる。選挙期間中に街頭演説とか選挙カーとかを見ることはあったけど、選挙活動ってこういうことをしてたんだ。インターネット使ってスマートにやった方がいいんじゃないかとか素人ながら思ったりしたけど、そうではないな。届けたい相手に届けるためのベストな手段を選んでいる、という印象に変わった。
「争点」はマスコミが決めるのではなく、自分たちで決めて良いらしい。勝手に決まったものが押し付けられるんじゃなくて、自分なりに考えて良いなら主体的に参加できる。気になるトピックはいくつかあるので、次の選挙では候補者のマニフェストを、自分なりの争点のフィルターを通して比べてみたい。
最後に、和田さんが次に出した本「選挙活動、ビラ配りからやってみた。「香川1区」密着日記」から引用。
それって結局、選挙に出られるのは、国会議員になれるのは、健康で元気はつらつの人ばかりってことにも通じる。
たとえば「鬱病」のような心の病を抱える人が選挙に出ることは、今のあり方じゃ難しいだろう。毎日朝から晩までびっしり選挙運動なんて、想像しただけで困難だ。たまには「鬱のためにお休みします」と、堂々とお休みしてくれたら、ああ、鬱でお休みしていいんだなぁ、それは決して恥ずかしいことでもないし、悪いことでもないと、当事者たちが安らかに思える。今、日本中に心を病む人がどれほどいることか!
ほんとにそう!
何かを作り始めるのに遅すぎるということはない
昔から本に関するWebサービスを作りたいと思っていた。しかし大学時代にはすでにブクログがあり、当時としてはかなりクオリティも高く、ユーザーも定着してるしもう参入するのは遅いかなと思った。そう思っていると読書メーターというWebサービスが登場し、読書量がグラフで可視化されるという特徴をフックにユーザーを獲得。人気サービスのひとつになる。その後似たような読書管理サービスがいくつか登場し、さすがにお腹いっぱいかと思っていた頃、ビブリアという読書管理アプリが登場する。これはスマホで使いやすい設計、きれいで可愛らしいデザインによりユーザー数を伸ばす。ビブリアが人気を博していくのを見た時に思ったのは「あ、まだいけだんだ」である。
考えてみればApp Storeにはメモアプリ、日記アプリ、Todo管理アプリが山のようにある。そして、メモアプリの中で最も優れたひとつのみが選ばれるというわけでもなく、いろいろなメモアプリが人気を博している。そもそも「優れている」みたいな基準が人によって違うのかもしれない。多機能なほど良いという人もいれば、デザインがかわいいものを探す人がいる。書き心地が良いのを探す人もいれば、そこはどうでもよくてパソコンとのデータ連携が簡単なものを選ぶ人がいる。使い道によって求めるものは違っていて、すべてに応えられるアプリはない。仮にこの世で考えうるすべての機能を持ち、デザインも自分好みにフルカスタマイズされているアプリがあったとして、それも全員に使われることはない。「機能が多すぎて手に余る」という敬遠される理由になるからである。人間関係と同じく、全員に好かれることはできない。
何を作ればよいかというと、自分(もしくは特定の誰か)が心から欲しいと思えるもの、を作るのが良いと思う。もし自分ひとりしか使わなかったとしても、問題なく開発を続けられるようなもの。最低でも自分は使うから作るだけでプラス、他の人も使ってくれたらラッキー、みたいなもの。世界は広いので誰かに深く刺さるものは他にも欲しがる人がいる。
分析的な目線でいうと、元々利用者の多い界隈のアプリやWebサービスだと有利な面がある。例えばアップルパイの焼き方を見れるアプリだと、そもそもそれを使いたいという対象者の数が少ない。日記アプリだとライバルは多いが、ユーザーの母数が多いのでそれを分け合ってもそれなりの数になったりする。メジャーの中のニッチを攻める、みたいな。例えばカメラアプリは人気のカテゴリのひとつだが、撮った写真にハートがついて可愛くデコられるとか、ティーン向け女子に絞っていても商業的に成り立つ。自分の好きなものを作れば良いが、世の中で流行る可能性を高めたいならこういう観点もあっても良いのかもしれない。
さて、2年ほど前に「エアマーカー」という読書メモ記録アプリを作った。本のページをカメラで撮ると文字が認識されて、それを読書メモとして記録できるアプリ。Kindleにハイライトという機能があるが、それをリアル本でできるというもの。図書館から借りてきた本とかフリマアプリで後から売る予定の本とかに使える。数としては全然少ないが課金してくれるユーザーもいる。うれしい。何か作りたいものがあるなら作るのに遅すぎるということはない。流行らしたいなら早いタイミングで参入する方が有利なのは有利だが、後発でも誰かに刺さるものが作れれば自分としては十分満足できる。